名言

本当の学力とは?

目的を見直す

学力を身につけ何かを成すことが目的のはずなのに、学力を身につけること自体が目的になっていませんか?

本州の方では中学校から受験をするのも珍しくないようです。小学4年生から受験勉強というのは田舎出身の僕には考えられません。

勉強すること自体はとてもいいことだと思いますよ。でも中学受験をする目的って何なのでしょうか。おそらく、その後の進学を見通してのことだと思います。いい中学、いい高校、いい大学。そういったルートに入るためですよね。

最近では「大学なんて意味がない」という声もありますが、僕はそうは思いません。大学を出ていたほうが色々と便利なことがあるのも事実です。大卒の方が高卒より平均年収も高いみたいですし。ただ、堀江貴文さんはこのことについて、こんなことを述べています。

今を生きる人たちが向き合うべき課題は、「いかにいい大学に入るか」ではなく、「いかに自分だけの幸福を見つけ、追求するか」なのである。

このことについては僕は同感です。いわゆる「いい大学」に入っても、その後の人生が楽しいものでなかったら意味がないと思うんですよ。

小学校のうちから生活の基準を「受験のため」にしてしまうと、子どもは何のためにがんばっているのかがわからなくなってしまうんじゃないでしょうか。

やりたいことがある。そのために必要な知識を学びたい。だから大学に行く。これが正しい順序だと思うんです。

学ぶ目的を考える

「学び」とは?

「勉強」するということが、いつの間にか「教科書の内容を覚える」や「テストで点を取れるようにする」ことになってしまっている気がします。

でも、「勉強」ってホントはそういうものではないと思うんです。自分がやりたいことや自分の目的を達成するために必要な知識や技術を身につけることが「勉強」だと思うんです。

堀江貴文さんはこう述べています。

「学び」とは、没頭のことだ。

さらに、こうも述べています。

教養とは、それぞれが好きなことをしていく中で、必要なタイミングで身につけるものだ。

情報を得る手段が限られていた時代では、学校に人を集めて一斉に知識を教える必要があったのだと思います。そうやって人から教えてもらうことでしか知識を身につけることができなかったのですから。

でも今は違いますよね。

インターネットが普及したことで、誰でもかんたんに情報を得ることができるようになりました。そうなると、やりたいことをやりながら必要な時に必要なことを学ぶこともできるはずなんです。そのほうが学ぶ側だって必要感があるはずですから学んだことだって身に付きます。

「勉強」は教科書の内容を覚えることでもないですし、受験のためにやることでもないんです。必要なタイミングで、自分がやりたいことを達成するための知識を身に付けることなんです。

知識は必要な時に身に付ける

順番を間違えない

それは「やりたい」からやっているんですか?「必要」だからやっているんですか?

「必要」だから渋々やっていることって、大体は身に付きません。気持ちが乗らないからですね。

子どもを見ているとそれがよくわかります。九九を覚えられない子どもも、自分が好きなモノについては大人もびっくりするくらい覚えているものです。

堀江貴文さんはこんなことを言っています。

順序は常に「好き」「やりたい」という動機が先でなければならない

好きだから、やりたいから頑張れるんです。嫌いなこと、やらされていることに心から頑張れる人なんていません。頑張れる人がいたとしても、その先に好きなことややりたいことがあるから頑張れるんです。

だから順番を間違えてはいけないんです。まずは自分がやりたいことを考えましょう。その上で何が必要なのか、何をすべきなのかを考えるんです。そうすると、自分が本当にやるべきことが見えてくるはずです。

やりたいことを考える

あなたの価値を高めるのは

大学名に効果があるのは就職までです。その後に見られるのはあなたの能力です。

「いい大学」に入り、卒業すれば就職の時は有効なカードとして「〇〇大卒」を使うことができるでしょう。しかし、就職してしまってからは関係ありません。どれだけ「いい大学」を出ていたとしても企業やお客様にプラスがなければ意味がないからです。

「いい大学」を出ているけど、毎月1件も契約を取れないAさんと、高卒だけど毎月10件契約を取ってくるBさん。どちらかのクビを切らなくてはならない時、どちらを選びますか?聞くまでもないですよね。

だから個人の能力を磨いていく必要があるんです。小さいころから我慢して勉強してきた人は、よくも悪くも我慢することに慣れてしまっています。でも大事なのは我慢することではないんです。堀江貴文さんはこう述べています。

あなたの価値を最大化するのは、「どれだけ我慢したか」ではなく、「どれだけ自ら決断をしたか」なのである

我慢してやり続けることで磨かれる能力もあるでしょう。それを否定はしません。しかし、それが後からムダなことだとわかったらただ貴重な時間を失っただけになってしまうんですよ。もったいないですよね。

これが自分で選んだことだったら別なんです。仮にムダになったとしても、自分がやりたいことをやっていただけなんですから時間を損失したわけではありませんよね。

我慢を美徳と考えるのはやめましょう。そんなものは上の人たちが考えたポジショントークにすぎません。

もっと積極的に、もっと自ら進んで行動したほうが自分の価値を高めることができるはずです。

我慢=成長ではない

おわりに

「日本の子どもの学力が低い」と度々話題になります。でも問題なのってそこよりも「とりあえず安定しているから」と公務員を目指す子どもが多かったり、「やりたいことがない」と夢を語れない子どもがいたりすることだと思います。

人生において働く時間ってかなりの割合を占めるわけです。その時間を「我慢する時間」にしてしまうってもったいないと思うんです。そして、本来はその「我慢する時間」を減らすために勉強ってするものだったはずなんです。

自分がやりたいことは何なのか。それを考えることが「学力」を身に付けるための第一歩だと思います。

本当の学力とは、自らの目的を達成するために、必要に応じて知識を集めるなどの行動ができる能力のことである。

~名言まとめ~

【今を生きる人たちが向き合うべき課題は、「いかにいい大学に入るか」ではなく、「いかに自分だけの幸福を見つけ、追求するか」なのである】

【「学び」とは、没頭のことだ。】

【教養とは、それぞれが好きなことをしていく中で、必要なタイミングで身につけるものだ。】

【順序は常に「好き」「やりたい」という動機が先でなければならない】

【あなたの価値を最大化するのは、「どれだけ我慢したか」ではなく、「どれだけ自ら決断をしたか」なのである】

堀江 貴文

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ヤマムカ

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