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神戸市立東須磨小学校の教員間トラブルは感情で処理してはならない

はじめに

神戸市立東須磨小学校の教員間トラブルの話題が随分と長引いていますね。未だにネットニュースでも続報が見られます。

今回の件で最も疑問なのが「イジメ」と表記しているニュースが多いことです。激辛カレーを目に当てるとか、性行為を強制するとか、これってイジメなんかじゃなくただの犯罪ですよね?

ただの犯罪行為を学校内になるだけで「イジメ」として処理しようとすることには本当に辟易とします。

そういったことも含めて今回の件について私見を述べたいと思います。

加害者への処分について

今回の件では加害者は問題が発覚した当初から有給休暇を取得していました。学校には出てこないけど給料は払われる状態だったわけですね。

これを問題だとしたのは今回の件に関わるニュースを見た人たちです。こんなにひどいことをした奴らが休んで給料をもらっているのはどういうことなんだと激怒。ネットニュースによると神戸市にも抗議の電話が殺到したそうです。

その結果、神戸市議会は条約を改正。外部有識者が反対する中で4人の加害者を給与を差し止める分限休職処分としました。

これって実は結構問題だと思うんです。ネットニュースでも「世論に押される格好になった」と市議の方が話していましたが”悪い奴には何をしてもいい“みたいなノリになっちゃってないですかね?

決して加害者を擁護する訳ではありません。ルールがあるのだからルールに乗っ取って裁くべきだと言っているんです。

加害者の4人がそれぞれ被害者に対してどんなことをしたのかという事実は全て明確になっているわけではありません。

もしかすると、処分の重さも違ってくるかもしれませんよね。それにも関わらず、加害者で一括りにして同じ処分を下すのは法治国家として正しいのでしょうか。

全ての事実が明らかになっていないのに処分を下すという行為はキケンです。一度それが許されてしまうと他の似たトラブルが起きた場合にも同じ対応が取られるかもしれません。

歯がゆい思いがあるのはわかりますが、事実が白日の下にさらされ、その事実をもとに裁判を行い、判決が下されてから初めて処分を行えばよいのです。

「なんか悪いことをしたらしい」から処分。「教師がイジメなんてけしからん!」から処分。そんな短絡的に感情で処理してよい問題ではないはずです。

学校の対応について

今回の件では学校の管理職である校長と前校長の対応が話題になっています。

知っていながら対応していなかったということやそもそも知っていなかったことなどが話題となりました。

ここで考えてもらいたいのが本当に「管理職だけの責任」なのかということです。

そうではないでしょう。

管理職も含め、他の教員もトラブルの事実を知らなかったわけがない。全員が知っていなかったとしても数人は気付いていた人がいたはずです。

その人たちが声をあげられないことも問題なんです。

「誰も意見を言えなかった」という記事もありました。加害者側がどちらかというと職員の中で中心に位置していたのでしょう。

だからしょうがないよね、とはなりません。管理職に言っても効果がないのであれば教育委員会にでも警察にでも報告したらいいんです。

今回の件は管理職の責任ではなく、学校全体の責任のはずです。

おわりに

学校というあまりにも閉ざされた空間で起きた今回のトラブル。

学校をもっと開いたものにする機会にしてもらいたいものです。

学校内であっても事件は事件として処理するべきです。ケガを負わせたり、著しく精神的な苦痛を与えた場合は「イジメ」なんかではなく傷害事件ですし、精神的苦痛を負わせたとして慰謝料を請求したらいいんです。

これは教員間のみならず、教員と児童生徒、さらに言えば児童同士、生徒同士でも同様です。

学校内のトラブルをなんでも「イジメ」として学校内で処理しないこと。

これが今後は求められていくことではないでしょうか。


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